※紗如《サユキ》と唏劉《キリュウ》のイラストのみ、
べり子さんに依頼して描いて頂いたイラストです。
この世界に君臨する、最高位の城『鴻嫗《トキウ》城』。
鴻嫗《トキウ》城は、代々娘が城を統治してきた城。
鴻嫗《トキウ》城の姫、恭良《ユキヅキ》。
十九歳。
高貴な血筋を継ぐ者の象徴、
クロッカスの髪と瞳を持っている。
鴻嫗《トキウ》城のある大陸、梛懦乙《ナジュト》大陸には、
同じようにクロッカスの髪と瞳を持つ者が数人存在する。
鴻嫗《トキウ》城には、様々なしきたりがあり、
それは鴻嫗《トキウ》城内部だけのものもあれば、
すべての貴族に定められている事もある。
前者は細かいものが多いが、わかりやすい例を挙げるなら「後継者は姫」という原則がある。
これは、鴻嫗《トキウ》城の言い伝えによるものと言われている。
後者は「貴族は性別を問わず、長髪」というもの。
梓維《シンイ》大陸、羅暁《ラトキ》城の嫡男、捷羅《ショウラ》と、
その双子の弟、羅凍《ラトウ》が長髪なのは、このしきたりに由来する。
尚、「長髪」というのは、「肩より下」という規定がある。
恭良《ユキヅキ》の場合、この規定のギリギリの範囲。
貴族がこの規定に反する時は、「生家との決別」を意味する。
また、貴族意外にこの縛りはなく、本人の自由が許されている。
梛懦乙《ナジュト》大陸は、貴族が多く住む大陸故に、
長年争いの絶えない大陸だった。
その為、鴻嫗《トキウ》城の姫には代々、護衛が居る。
恭良《ユキヅキ》の護衛は、沙稀《イサキ》。
彼の素性は不明だが、沙稀《イサキ》が護衛に就任後、梛懦乙《ナジュト》大陸の内戦は停止した。
彼の名が、大陸に知れ渡ったのは、僅か十歳の頃。
この頃は、まだ鴻嫗《トキウ》城の傭兵の一人。彼は遠征からひとり、鴻嫗《トキウ》城に帰還していた。
帰還した彼を、城内の者はあたたかく出迎えたのではなかった。当時の彼を包んだのは、悲鳴だ。
彼は血まみれだった。
意識朦朧の中、帰還し、そのまま意識を失った。
そして、一週間ほど意識は戻らなかった。
それからだ。
誰よりも先に、彼が戦火に身を投じるようになったは。
真っ直ぐと駆けていく幼い背中は、死に急いでいるようだった。
身体から血が噴き出そうが、痛みに表情を歪めることなく、ただ、立ち向かう。例え、立ちあがれなくなろうとも、消えないであろう殺気に、周囲は慄くようになっていった。
やがて、戦場で恐れる存在として、沙稀《イサキ》の名は囁かれるようになっていった。
沙稀《イサキ》が恭良《ユキヅキ》の護衛に就任すると、その名は、瞬く間に広がっていった。
他の大陸では、「凄腕の剣士が居る」と広がった一方で、梛懦乙《ナジュト》大陸では、「内戦をすれば、両国ともに命がない」と恐れられ、梛懦乙《ナジュト》大陸は平和になったのである。
元来、鴻嫗《トキウ》城には、長年仕える城があった。
先代の姫、紗如《サユキ》の護衛をしていた、唏劉《キリュウ》の出身の城、涼舞《リャクブ》城である。
涼舞《リャクブ》城は、剣士の名家として知られていた城だ。
本来は跡継ぎである長男を鴻嫗《トキウ》城に仕えさせることで、鴻嫗《トキウ》城に忠誠を示してきた。
それが崩れたのは、唏劉《キリュウ》が禁忌を犯した為だと言われている。
唏劉《キリュウ》は処刑され、涼舞《リャクブ》城は落魄した。
唏劉《キリュウ》の髪と瞳は、リラの色だった。
髪と瞳がリラの色なのは、沙稀《イサキ》も同じ。
だが、唏劉《キリュウ》の命が絶たれたのは、彼が産まれるよりも前の話だ。
沙稀《イサキ》の腰まである長いリラの髪は、緩くひとつに束ねていても、よくなびく。
まるで、沙稀《イサキ》が剣で髪を短く切られる時は、共に首を切られ、死を迎える時だと覚悟を決めているように。
「……上、父上」
三方向から小さなライトに照らされた一枚の大きな絵画。
その絵画を見上げ、沙稀《イサキ》は言葉を詰まらせる。
他にも何かを言いたげな、それでいて寂しそうな、誰にも見せる事の無い表情を彼は浮かべ、その場に立ち尽くす。
「嫌だっ! 止めろよ!! 離せっ!」
「恭《ユキ》姫を悪く言う奴は、俺が許さない」
「私を憎みなさい」
それでいい、これからも同じ日々が過ぎて行く
「俺の命を今度こそ奪いたいのなら、いつでもどうぞ」
「自分に殺意があると理解しているのに、どうして普通に、あんなに優しく居れる?」
「ひとりぼっちになっちゃった」
「沙稀《イサキ》、仕える……と言われても、それより私は今のまま側に居てくれれば嬉しいだけだよ」
「手遅れになってからの方が駄目なんじゃなくて?」
「本気で俺に負ける気なんて無い癖に」
「しっかりと泣けばいいんです」
「何も、言ってくれないのね」
「私は、沙稀《イサキ》を疑ったことなんて、一度もないわ」
「俺はお前の代わりだった」
「俺の役目をお忘れですか? それとも、そんなに信じて頂けてないですか?」
「『立場』を自覚しろ。俺に馴れ馴れしく話すな」
「失った全てを埋められると信じていたから」
「何故、そう思うのです?」
「ごちそーさま」
「では、沙稀《イサキ》様も、ご結婚されますか?」
「貴男が、大丈夫ですか?」
「そう出来なければ、貴方に待つのは死のみです」
自らの幸せを放棄し、自我を凍らせようとした彼は、いつしかそう願っていた。
しかし、彼の意思とは反し、彼は最期、大きな幸せに包まれて眠る。
だが、その幸せは、果たして『幸せ』と言っていいものだった
のだろうか。
彼の選ぶ最後は、どんな絶望よりも救済されることの無い道。
「どうして……」
「約束したでしょ、独りにしないって」
「独りで泣かれる方が、なにより辛い」
発動された『女神』“回収プログラム”。『願い』を抱え堕ちた者と、『使命』を担って降りた者達。彼らは長い『時』に身を委ねた。
過去生から現世へと時を経て、『神』と称えられた血筋は『伝説』と姿を変えた。静かに眠り続けた筈の『女神の血』。
彼らの『願い』と『使命』は果たされるのか。翻弄されながら進むその先には――。
「もう、泣かないよね?」
彼は微笑む。
涙をあふれさせて。
女神回収プログラム
──完結まで、ゆっくりお楽しみ下さい。